冬眠期間

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【雑記】自動運転の是非

池袋の事件もなかなか鎮火しないですね。つい最近の記事では、運転手が「ブレーキが効かなかった、操作方法に誤りはない」と証言していて、自動運転導入の声もちらほら聞きます。

なので、自動運転について持論を記事にしてみました。

最初に自分の結論だけ言います。反対です。理由は後述。

自動運転技術の歴史は意外と長く、発案自体は1980年代には開発に着手していたようです。で2016年、記憶にあたらしいですが、アメリカのテスラ社が実際に公道で試験走行したところ、トレーラーと衝突し、自動運転車の運転手がお亡くなりになられています。この事件を境に、自動運転技術に関しての情報があまり入ってこなくなりました(筆者の専門外なので調査不足なのは否めません)

 

IT技術はそれこそ毎日のように発展を繰り返していますが、そんな中でも自動運転に関してはなかなか発展をしているように思えません。完全自動とまでは行かないですが、オートクルーズコントロールのような半自動運転の車種は当たり前のように出回り始めています。

筆者が常々考えている疑問ですが、

  • 仮に完全自動運転が実現したとして、事故を起こしたときの責任の所在が不明瞭
  • 実現しても自動運転車と従来の自動車が同じ車線を走っていて、従来の自動車が原因で自動運転に対して事故を起こしたときに回避しきれるのか
  • 自動運転の100%の安全の担保は可能なのか

上記3つの疑問があります。

完全自動運転ということはメーカーないしは自動運転の制御部分を作ったメーカーが、どこまで責任を負えるのか(負うのか)が現時点で明確ではありません。自動運転だからハンドルを握らないので、運転席に座っている人は、運転手なのか乗車してるだけなのかの定義もありません。したがって、技術的に追いついたとしても制度の方が追いつかないことが容易に想像できます。

仮に「事故発生時はメーカー側が責任を負うこと」と制度が策定されたとして、大小含めて事故発生リスクと自動運転車販売の利益というメリットを天秤にかけて、メリットを取る企業が存在するのかも甚だ疑問です。

逆に「運転手がすべての責任のもと自動運転車を制御すること」とした場合に、自動運転したときに発生してしまったリスクを取るのか、自動運転であることの楽さや安全性というメリットを比べて、メリットを選択する人の割合はどうなるのか。とも考えられます。

また、自動運転車と従来の手動運転者が同じ道路に混在したときに、安全性はどこまで担保できるのかさせるのかも曖昧です。自動運転車が100%危険回避できるとしても、従来の車の運転手起因の危険を回避しきれない(スピード超過や衝突など)ような状況が合った場合に本当に回避しきれる仕組みが作れるのか。

完全にするとすれば、従来の車すべて排除して自動運転車のみ公道を走って良いこととしない限り、ほんとうの意味で事故をなくすことは不可能だと考えます。しかし、これを行った場合、バスやタクシーの運転手と行ったドライバーの方たちの存在はどうするべきなのか、トラックなどの物流関連はどのように代替するのかと、少し考えただけでもたくさんの問題が出てくるため、この案も採用することは容易ではないとわかります。

これが最大の疑問にして最大の反対理由になりますが、100%の安全担保は可能なのかということです。電子制御する以上は、もちろん「完全」に安全であることの担保が必要ですが、何を持って安全と定義するのか。

仮にが多いですが仮に、「公道を走行して〇〇km走行して事故を発生させないこと、しないこと」「〇〇という状況を完全に回避すること」という試験項目が策定されてクリアしたとします。ですが、日常で使ってるPCやスマホやそれにインストールされるアプリも同様に100%問題がないことの試験を行い、それに通過したものをリリースなり販売しますが、これだけは断言できますが100%動作するということはあり得ません。なぜなら数十億人の人間がありとあらゆる使い方をするのに対し、試験する側はそのなかのホント一握りの人間が試験を行うため、必ず想定外が生まれます。これを踏まえると、自動運転にも同じことが言えますし、ましてや人命が関わるような事案で100%安全な試験項目は作れないです。仮に作れって案件があったら裸で土下座して靴を丁寧に舐めてからそのまま逃げ出すレベルです。

以上のことから、完全に100%安全と言いきれない以上、自動運転を賛成することはできないですし、現時点では、今後先の未来にそれが実現できるとは考えられないです。

やるとしたら

松案:メーカーという垣根をなくして、機械制御 + 遠隔制御できるような仕組みを構築して、国内(国外も?)の中でえいやーで全く同じ日・時間にその仕組みを導入する

竹案:自動化は諦めて、半自動の方に注力する。例えばセンサーを発達させて、人とぶつかる時はアクセルより自動ブレーキを優先するように制御。GPSなり何なりを利用して走っている道路の制限速度以上出せないように制御するなど、安全化に特化したものに力を入れる

梅案:マイナンバーカード等で年齢は判別できるので、ある一定上の年齢の場合、安全装置の取り付けを義務付けたり、運転技術の向上を図る動きをする

といった感じでしょうか。松案とかどっから金ひねり出すのか考えてないのでやっつけですが笑。良くて竹案、最低でも梅案はやったほうが良いと感じてます。

 

ついでに飯塚幸三さんの主張にもの言いしたいのですが、

「ブレーキが効かなかった、操作方法に誤りはない」これを全面的に肯定したとして、どれくらいの損害が出るかわかってらっしゃるのか。要はブレーキが効かない = 車(プリウス)の制御関連になんらかの異常があった or 車の安全点検不備ということですよね。制御関連に異常が合ったという趣旨の場合、メーカー側はほんとに安全なのか再度確認する必要がありますし海外にも輸出しているため国内に留まる問題ではなくなるということになります。まかりなりにも工学者を名乗っていた人間が保身の為に工業系メーカーの利益を損なうような趣旨の発言だとしたら、あまりにもひどいしプライドがないと感じました。

ブレーキが効かなかったがメーカーの問題じゃなかったとしたら、車の安全点検不備ということなので、いずれにせよご自分が悪くなるということも考えての主張なのでしょうか。

いっその事「混乱して踏み間違えた」「足が悪くアクセルから足が離せなかった」と自分の責任とするならば潔いですが、執筆時点(5/18)ではどうにかして逃げてやろうとしか取れません。

数々のコミュニティの会長職や企業の取締役、そして勲章を叙勲された人間の最後としてはあまりに惨めで醜いなと感じました。

 

自動運転技術が確立されれば、より便利な世の中にはなると思いますが、最終的に一番信用できるのは自身の運転技術です。自動ということを過信せずに安全運転ができるような技術を身につけることが最良の安全策だと思います。下記記事に運転に関して思うところをまとめた記事を書いているので合わせて参考にしていただければ良いなと思います。

 

kumakumakuma.hatenablog.jp